気楽にブログ

2026-02-15 12:16:00

No reasonですが何か?

教科の勉強は大切だが、青春を遠ざけてしまう。だから、子どもたちが勉強を嫌がるのは当然だ、と言いたい。自転車で遠くまで行ってしまうのに理由なんてないし、恋に答え合わせなんてない。

 

さて、

 

・物事には、必ず原因と結果がある。

 

・結果には、正しいか間違ってるかがある。

 

試験のためにする勉強は、上記2つが前提になっている。

 

そして、このような前提で行われる教育により、原因をつけとめたい気持ちや、正しい答えを得たい気持ちが増長する。

 

生活、人生において、より良い判断をするために、その考え方は有用だろう。ずっと間違い続けるのは、愚か者だろう。

 

だがしかし。おもしろくないな、と思う。疲れちゃうな、と思う。

 

「いやー、何が原因・理由か分かりませんねー」「正しいかどうか分かりませんねー」

という態度に、私は信頼は置けないが、好感は持てる。

 

だって、そういうことも多いから。例えば何かをしたいとか、何かが好きだとか。

 

「べつに良いじゃん」「なんか良いじゃん」そんな感じもないと、生き苦しい。

 

そして、安易な原因の特定や、安易な正誤判定は、大きな間違いにつながるとも思う。

 

国語「登場人物になったつもりで読んでみよう」

算数「計算が合っているか見直しをしよう」

理科「どうしてそうなったのか、考えてみよう」

社会「普段からニュースを見よう」

 

これらは小中でよく言われることだと思う。だが、これらはすべて「正しい答え」のためのものだ。生徒に考えさせているようでいて、実は答えはもう決まっている。

 

原因や正しさを追求すること、原因や正しさが必ずあると思うこと、それらは変わらない唯一だと考えること。その危うさに、私は警鐘を鳴らしたい。カンカンカン。危険ですよ。

 

え、その考えはトンチンカン?そう、そうかもね。



あなたの暮らしに気楽時間

 

手当て整体 気楽に屋(KIRAKUNIYA)