気楽にブログ
No reasonですが何か?
教科の勉強は大切だが、青春を遠ざけてしまう。だから、子どもたちが勉強を嫌がるのは当然だ、と言いたい。自転車で遠くまで行ってしまうのに理由なんてないし、恋に答え合わせなんてない。
さて、
・物事には、必ず原因と結果がある。
・結果には、正しいか間違ってるかがある。
試験のためにする勉強は、上記2つが前提になっている。
そして、このような前提で行われる教育により、原因をつけとめたい気持ちや、正しい答えを得たい気持ちが増長する。
生活、人生において、より良い判断をするために、その考え方は有用だろう。ずっと間違い続けるのは、愚か者だろう。
だがしかし。おもしろくないな、と思う。疲れちゃうな、と思う。
「いやー、何が原因・理由か分かりませんねー」「正しいかどうか分かりませんねー」
という態度に、私は信頼は置けないが、好感は持てる。
だって、そういうことも多いから。例えば何かをしたいとか、何かが好きだとか。
「べつに良いじゃん」「なんか良いじゃん」そんな感じもないと、生き苦しい。
そして、安易な原因の特定や、安易な正誤判定は、大きな間違いにつながるとも思う。
国語「登場人物になったつもりで読んでみよう」
算数「計算が合っているか見直しをしよう」
理科「どうしてそうなったのか、考えてみよう」
社会「普段からニュースを見よう」
これらは小中でよく言われることだと思う。だが、これらはすべて「正しい答え」のためのものだ。生徒に考えさせているようでいて、実は答えはもう決まっている。
原因や正しさを追求すること、原因や正しさが必ずあると思うこと、それらは変わらない唯一だと考えること。その危うさに、私は警鐘を鳴らしたい。カンカンカン。危険ですよ。
え、その考えはトンチンカン?そう、そうかもね。
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