気楽にブログ
嫌がる子どもを3秒で保育園に行かせる方法
以前書いた「気楽に子育て」のエッセイです。
はじめに:嫌がる子どもを3秒で保育園に行かせる方法は、ありません。
「保育園行かない!」GW明けの朝、4歳の娘が泣き出した。困ったこまったどうしよう。
そんなとき私は、ネット情報やハウツー本に頼りたくなる。というか、頼っている。しかし、加えておすすめしたいのは「河合隼雄先生の本」だ。もう鬼籍に入られたが、元文化庁長官だ。スポーツ庁長官の室伏広治さんがとてつもないように、元文化庁長官もまた、とてつもない。知の超人であり、しかもわかりやすく教えてくれる。
河合先生は言う「子どもが学校へ行くようになるスイッチなどない」と。「何で学校行かないの?と聞いても、すぐに原因などわからない」と。
<スイッチを探しても>
例えば部屋の電気のスイッチを押したら、あかりがつく。あかりをつけたければ、スイッチを押せばいい。こんな感じで、子どもが保育園へ行ってくれるスイッチがあるのなら、押したい。なんならお金を払ってもいい。でも、そんなスイッチは「見えない」
<原因を探っても>
あかりがつかない。どうしてだろう。原因があるはずだ。調べてみる。電話して業者に聞いてみる。そして、これだという原因がわかる。こんな感じで、子どもが保育園に行かない原因が分かれば、知りたい。なんならお金を払ってもいい。でも、そんな原因は「聞いてもわからない」
どうしてこうなるのか。それは、子どもが機械や物ではなく人間だからですよ、と河合先生は言う。これは養老孟司先生の「子どもは自然です。コントロールなんてできない」にも通じる。対象の仕組みを理解し、指示で操作して思い通りに動かす。それはプログラミングでは有効なのかもしれないが、子育てではうまくいかないこともある。
<対象ではなく自分ごと>
子どもを「対象として」捉えているだけでは、不十分だ。ときには子どもと「一緒に」ならなくては。同じ円の中にいる。線は引かない。原因や対処法に飛びつくのではなく、そのときの子どもが感じている気持ちを丸ごと、自分事とする。つまり、一緒に泣くのだ。
子どもが困っていることに、親も一緒に困る。その共感が共鳴し、今度は親の困りごとにも共感してくれる。かもしれない。「パパもお仕事行かないと行けないんだよ」と泣いたなら、「いや、パパは仕事行きなよ」と、冷静になってくれる。かもしれない。
「子どもをコントロールなんてできない」「原因なんてすぐにわからない」
目の前の問題を解決できないので困るが、有識者の方が言うのだから、これらは「気楽ワード」と捉えたい。保育園や学校や会社に行きたくなくて、泣きたいときもあるでしょうと。
<操作できないし、原因もわかりませんが解決しました>
ひとしきり泣いたらケロッとして「今日何時お迎え?」なんて言いながら靴を履き出す娘。え、今までの何だったの?と思う。でも、嫌で泣いたのは本当だ。すぐには教えてくれないし、本人もわかっていないかもしれないが、「嫌だ」の気持ちがあることは、心に留めておきたい。
<同じ方法は通用しませんでした>
次の朝も娘が泣いたから、同じように私も泣いてみたら、余計に荒れた。解決策は再現性が高くなくては、標準化はしない。子育ては自然科学のようにはいきにくいと、よくわかった。必要なのはストーリーだ。日々の場面の積み重ねが、私と娘の大切な物語なのだ。解決するためにいるのではない。一緒にいるために、いるのだ。
「すみません、今日はお休みで。ええ、本人は元気です。明日は行けると思います」たぶん。
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