気楽にブログ
民主主義ってなあに
我が子よ。みんなで何かを決めるとき(政治)に、心がけたいことを伝えておく。学校でも職場でも、国でも同じだ。
それは、妥協して、折り合いをつけて、落とし所を探ることが必要だということだ。
多数決で決めるしかないときもあるだろう。だが、支持が少ない意見を切り捨てるのではなく、取り込める余地も検討することが大切だ。
どっちが正しいかとか、どっちが多勢か、ではなくて、どっちも取り入れたプランはあるか、と考えよう。
例えばこの夏の旅行だ。パパは海へ行きたい。ママと君たち二人はプールがあるホテルに泊まりたい。この場合、多数決をしたらパパの意見は通らない。というか、この先の仲村家の決め事は、1:3になることが多いと予想できる。
でも、それじゃああんまりパパがかわいそうだろう。だから、ここで妥協だよ。妥協というと負けみたいに思うかもしれないが、そうじゃない。妥当な線で協力する。これがお互いのためなんだよ。
だから、この伊豆のホテルな。海にも近いしプールもある。でも、遠いんだ。パパだって遠いのは嫌だけど、みんなでちょっとずつ我慢すれば、みんなが楽しくなれそうだろ。
折り合いをつけるために話し合うんだ。お互いが少し折れることを前提に、話し合いをすることで、きっと良いように進んでいくと思うよ。
え、今日のお昼はマックで食べたい?だめです、今日のお昼はそうめんです。
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この夏にお勧めのエンタメ本
夏休みと言えば読書だ。普段、ビールを飲んで動画ばかり見ているおっさんの私だが、子どもの手前もあり、かっこつけてみようと思う。そう、自分の中では読書=知的でかっこいい。という図式があるのだ。
よし、スマホは隣の部屋に置いてきた。さてさて、何を読もうか。ここはやはり文学作品だろう。「文豪」にチャレンジしていこう。私大の文系出としては、「あー、芥川ね。彼の晩年の作品はうんたら」くらいは言えるようにしておきたい。「あー、リーマン幾何ね」と言うのは、土台無理なので。
芥川は、河童も歯車も読んだことないからな。どれどれ。。うん、ちょっと自分には早いかな。ある阿呆の一生って、コメディかと思ったけど、ちょっと違うみたいだな。
というわけで、芥川は早々に断念し、いや、引退後の楽しみに回すことにした。短編は読みやすいが、さすが文豪。豪傑に挑むには、こちらも気構えが必要だ。
それならば、夏目か、三島か、谷崎か、志賀直哉か。引きこもり時代のコレクションを漁っていたら、出くわした。
「中島敦」
おお、高校のときに「山月記」を授業で読んだな。そして、この文庫本はいつ買ったか分からんが、きれいだな。ということで読んでないな。
どれどれパラパラパラ。
こ、これは!中島敦と言えば、中国物。を連想するけれど、彼の作品はそれに留まらない。例えば「文字禍」という作品の出だしはこうだ。
「アッシリア人は無数の精霊を知っている」 え、漢文は一体どこへ?
かと思えば詩もある。
「早口のポパイが如き濁声(だみごえ)を 土曜の午後に聞けば楽しき」 え、私生活?というかどんな状況?
まさに縦横無尽。マルチタレント。宮沢賢治に近い多才性。だが、文豪からはみ出す、一種のエンタメ性がある。自ら楽しんでいるような、読者を楽しませるようなところがある。
この夏は、「中島敦全集 ちくま文庫」で決まりだ。カバーの装画は、土方久功だ。中国とパラオが混在してて、クラクラさせてくれる素敵な本だ。
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かっこいいとはこういうことさ
おれも、50歳に近づいてきた。このままだと「ちょっと変で、ちょっとおもしろいおじさん」になりそうだ。というか、なっている。
それはそれで、望んでいた姿なのだが、違う形も追い求めていきたい。
そう、そろそろ、かっこいい男になりたいと思う。
かっこいい男になるには、かっこいい男とはの「定義」や「具体例」が欲しい。
考えてみたが、定義はかっちりと決まらない。よし、まずは具体例を出していこう。そこから帰納していけば、定理や公理が導かれるだろう。
かっこいい男の例:
反町隆史、竹野内豊、三井寿、剣桃太郎、やはりこの4人が四天王だろう。漫画のキャラが二人いるが、気にしないで進もう。
この4人の共通点を探れば、「かっこいい男の定義」が決まるはずだ。あとは、それを真似れば、おれもかっこいい男になれる。
この4人の共通点は、、、うむ。
「フッ」をかっこよく言えることだな。
よっしゃよっしゃ。早速「フッ」をかっこよく言う練習だ。少し口元を緩めながら、認める余裕を持ちながら、しかし自分の意思は曲げないで、「フッ、まあいい」
できてきた、できてきた。やっぱりかっこよく言えれば、かっこよくなれそうだ。かっこいい人が言うから、かっこいいのではなくて。
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6/28同窓会
<友人の話を聞いて構想中の演劇>
例えば、高校時代の同窓会があって、自分が好きだった人に会えたとする。そして、「昔も今も好きだな」と思えたら、それは素敵じゃないか。以下、男が書いて、まだ出せていない手紙。
世の中が、人々が、こうあって欲しい。そう君が思っても、なかなかそうはいかなかっただろう。
でも君は、せめて自分だけは、「自分が希望する世界にふさわしい人」であろうとしてきたのだろう。
生きていくうえで、それはきついことだと思う。理不尽な出来事や人を前に、どうやって折り合いをつけてきたのだろうか。確かさや正しさを求めて、それが揺らいだときに、どう納得したのだろうか。
希望を持たず、期待をしない。真面目さを放棄する。そんなことで、僕は大人になった気でいた。でもそれは、諦めだったり嘘だったのだ。
久しぶりに話をして、君がまだ、希望や真面目さを持っていることを感じて、素敵だと思った。
疲れてはいるのだろうけど、今でも輝く優しい瞳が、あの頃と同じように、僕を惹きつけた。
過去も未来も変えられなくて、どうにもならないけど、つい「もし」を考えてしまった。そのあと気を取り直して、とにかく自分の心の中に、今日のこの場面を残そうとした。
こんな気持ちになれたこと、その嬉しさだけで僕はいいんだ。そして君には、君のおかげで嬉しい気持ちになれる人がいることを、知っておいて欲しい。
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発見ぼくの町
世の中には色んな「センター」がある。センターは集めてもいるし、集まってもくる。求めているものが明確なら、センターに行けば手に入るだろう。例えば交通情報を得たければ「交通情報センター」にアクセスだ。交通規制から渋滞予測まで、最新のものを教えてくれる。
無性にバッティングがしたくなった。それなら「バッティングセンター」だ。バットを振り回してボールを打ちたい者たちが、わらわらと集ってくる。球速も自在、バットも選べる。おっさんが道端でバットを振っていたら職質だろうが、ここなら大丈夫だ。
では、焼き鳥を食べたくなったら?もちろん「焼き鳥センター」だ。最新の焼き鳥が更新され、陳列されているだろう。
その店は、大通りから一つ入った通り沿いにあった。
「焼き鳥センター にわとり先輩」
センターだから、焼き鳥でいっぱいだ。良かった。やはりセンターに行けば安心だ。だが、どこからどう見ても普通の居酒屋だ。
まあいい。席についてまずは飲み物だ。
壁に「ホッピーあり〼」の張り紙。中川家のコント風で落ち着く。
「鳥刺しあり〼」いや、生はちょっとね。それにここ、焼き鳥センターでしょ。
お通しのキャベツはごま油が和えてあった。いいね。キャベツも、生でかじるのはあんまし好きではないので。
焼き鳥は、皮もネギまも、つくねも美味しかった。夏の夕涼み、ホッピーと焼き鳥、最高じゃないか。
だが、酔っ払う前に確認はしておきたい。そう「にわとり先輩」を。店名=店主なのだろうが、どんなおやじか気にはなる。
キョロキョロしてたら、ある店員の名札が目に止まった
「今日は私がにわとり先輩です」
あ、日替わりなんだ。にわとり先輩って。
食べて飲んで、センターを出た。通りを少し歩くと、またもや気になるお店が出てきた。
「クリーニング おしゃれ倶楽部」
おそらく会員制だろう。Yシャツの仕上がりは、きっと上等だろう。
注:フィクションです
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