気楽にブログ

2023-08-20 16:33:00

分数を教えられるようになりたい

小学校の算数の中でも、つまづきやすいのが「割り算」そして「分数」であるように思う。私と同じように算数が苦手な子には「暗記して」「操作として」できるようになって、とにかく問題を解けるようになっておくことは必要だと思う。よくわからなくても、できれば何とか次に進める。できないと、その先の算数にまるでついていけないことが起こり得る。

 

とはいえとはいえ、やはり割り算や分数を理解していくことが、本当は大切なのだろう。自分の子どもに教えるとして、どのように教えるか難しいところだ。

 

私の思う難しさはこのようなところだ

 

・割り切れないで余りが出る計算がある

 

・りんごの個数で考えるとイメージできなくなる

 

・通分しないで分母同士を足してはいけない

 

・1より小さい数をかけると、もとより小さくなっていまう

 

・分数の割り算はひっくり返してかける

 

・ゼロで割ってはいけない

 

・1あたりの量が割り算で出る

 

・比や割合がが割り算であらわせる

 

算数と数学の違いとして、算数は身の回りのことと絡めて、数字や式に親しんでいくことと聞いたことがある。ただ、割り算になってくると、紙の上で明快に完結する説明も、併せて大事だと思う。

 

割り算と分数について考えるときに、高校の野間先生に教わった「割り算は掛け算の反対」というのが、シンプルながら役に立つ。もうひとつは、何かで読んだ「分数は計算しやすいから存在する」も、少し気持ちを楽にしてくれる。

 

自分が上に挙げた難しさを、小3の娘が感じて質問されたときに、わかりやすい説明ができるようになりたい。割り算は掛け算の反対だから逆数をかける操作だよ、とかは、納得してくれるだろうか。割り切れない数字も分数にしておけば、計算しているうちに整数になることもあるから便利だね。とか。掛け算の反対だからゼロでは割れないよ。とか。比や割合は、料理や買い物で説明するとわかりやすいか。

 

ただ、やっぱり現実において10センチを三等分できるのだろうか?あと、そもそもりんごを完全に半分にできるのだろうか?ゼロから10までに数字はいくつあるのか?などは、よく分からない。私の頭では個数も線分も序数もよく区別できていないのだろう。娘からこんな質問はされないと思うが、私が数学がよくわからないのは、こういう疑問からだ。これらは本格的な数学になってくるのだろう。そうだ、森毅さんの本で勉強してみよう!かな、と思う。

 

手当て整体 気楽に屋(KIRAKUNIYA)

2023-08-19 18:37:00

かま猫とブドリ

前回は、読書感想文と銀河鉄道の夜について書いた。本に出会うきっかけとして、読書感想文は良いと思う。しかし、物語全体を捉えるのは、大人でも難しい。途中で嫌になる可能性がある。だから、感動した場面のことだけで良いから、自分で言葉にして残しておくと良いと思う。その言葉には、その時点での自分の経験が入ってくると思う(自分語り)。途中の話はよくわからなかったが、あの一文が良かった。そうすれば、読書感想文が良い体験として、もっと本を読むことにつながるのではないか。

 

そして、少し宮沢賢治について書くと、「猫の事務所」と「「グスコーブドリの伝記」は、若い人たちに是非読んでほしい。どうして出版社は「銀河鉄道の夜」が入っている文庫に、この2つを入れないのか、不思議だ。「風の又三郎」よりも読みやすいし、私は好きな話だ。

 

「猫の事務所」はすごく短い話だが、かま猫の記述がとにかくかわいそうだ。特に「原簿、原簿」という場面が切ない。頬が酸っぱくなって、耳がきいんとして、という記述は、子どもにはよく伝わると思う。切ない感じ、悲しい感じ、かわいそう、そういう気持ちが分かることは、やさしい気持ちにつながると私は思っている。

 

「やっぱり僕が悪いんだ、しかたないなあと、かま猫は考えて、涙をまんまるな目いっぱいにためました。」

うう、かま猫。おじさんもうるうるしてしまうぞよ。

 

「グスコーブドリの伝記」は、銀河鉄道の夜よりもずっと情景が想像しやすい。むしろ、こっちをもっと推せば、更に宮沢賢治のファンが増えると思う。そして、やっぱりラストは切ない。自己犠牲によって世界を救う話は、手法としてはありふれているのかもしれない。しかし、その強さとやさしさに、かなしさに、何度読んでも手を止めてしまう。自分はこんな風には仕事はできないし、生きられない。でも、こういうお話がいい、と思える人でありたいと思う。

 

「私のようなものは、これからたくさんできます。私よりもっとなんでもできる人が、私よりももっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりしていくのですから」

 

・・・久しぶりに読み返すとこの文は、ずどーんと来ますね。音楽や映画もそうですが、今の自分の人生の地点によって響き方が変わります。

 

もっと立派に美しく、仕事をしたり笑っていかなくては。ブドリが託してくれた未来に、私は今いるのだから。

 

手当て整体 気楽に屋(KIRAKUNIYA)

2023-08-19 17:55:00

読書感想文の書き方

夏休みだ。海に行って楽しかった。おうちでゲームをするのも楽しかった。マンガもたくさん読んだ。そして、宿題がまだ終わっていない。という子どもも、多いだろう。計算ドリルと漢字の書き取りは何とか終わらせたが、「自由研究」と「読書感想文」が残る、というのもお決まりのパターンだ。

 

「読書感想文」について。私は小学校の頃に母親に勧められ、読書感想文を宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にした。そして、うまく書けずに途中で半泣きになったのを覚えている。読んでいて、途中までは良いのだ。だが、後半になってタイタニック号とかサザンクロスとかの話になり、ファンタジーが過ぎて、よくわからなくなって、読むのが嫌になった。そして、読んでよくわからなかったので、書くのはもっと嫌な経験だった。

 

大人になるにつれ、宮沢賢治の良さが段々と分かるようになり(今でも銀河鉄道の夜の後半はよくわからないが)、好きでたまに読み返す。しかし、とっかかりとして嫌な気持ちがあったので、宮沢賢治は好きだが、読書感想文は嫌な思い出だ。このように、読書のきっかけとして読書感想文は、良いとも悪いとも言える。

 

そこで提案としては、読書感想文は一冊まるごとではなく、「気に入った文章」や「気に入った場面」などについて書くだけで、まずは良いと思う。以前、自分が読んだ一文が自分を支えたり押してくれたりすると、このブログで書いた。ワンセンテンスでも良いから本から自分に写し、残すことが読書の良さだと思う。読み終えること自体に、そんなに価値はないと思う。

 

例えば、銀河鉄道の夜であれば、やはりクライマックスのカンパネルラとジョバンニのやり取りに、私は感動する。「本当のしあわせ」「人にやさしくすること」、自己犠牲の美しい儚さは、自分には真似できないが、よく生きるのヒントを与えてくれる。読むたびに、「自分ももっと人にやさしくできたらいいな」と思う。そして、自分の人生経験が増えれば、その場面やセリフの響き方も変わってくる。

 

どうしても読書感想文はストーリーを書いて、「おもしろかったです。」になりがちだと思う。大人になった今でも、読書感想文を書くのは難しい。だからこそ、もちろん文脈があってセリフや場面があるのだが、ストーリーよりも、まずは出会った一文への感動を書きとめて欲しいと思う。

 

 

本を読んで文を書くことは、終わらせなくてはいけない課題ではなく、より良く強く生きていくための支えとなり得ることを、知って欲しいと思う。

 

 

手当て整体 気楽に屋(KIRAKUNIYA)

2023-08-18 16:58:00

タッチングセラピーのすすめ

今回は、ホットペッパービューティーのサイトに投稿したものと同じ内容でございます。まじめな文でございます。

 

気楽に屋はタッチングセラピー(手当て)を広めています。体にふれることの有効性を、ぜひ多くの人に再認識して欲しいと考えています。

 

タッチングセラピーには

・自分にふれる

・セラピストにふれてもらう

・大切な人にふれる

の3つがあります。

 

タッチングの第一の効果は、「自分を慈しむ気持ちや、ここにいる安心といった、自己肯定感を得られる」ことです。皮膚への刺激と触れている感触で、自身の存在を確かめられます。

 

タッチングの第二の効果は、ふれる心地よさが「疲れや痛みが緩和する」ことです。 

これは、心地よい快の刺激が、脳を介して自律神経やホルモンに作用することに依ります。

 

タッチングの第三の効果は、「思いやりや優しさで、相手との絆が深まる」ことです。パートナーや子供へのタッチングは、相手を癒やし、そして自分も癒やします。

 

いずれの効果も、ご自身で感じてもらい、確認してもらうものです。なかなか数字や見た目では表せません。しかし、脳科学や心理学で、その効果が認められてきています。

参考書として「手の治癒力」山口創 「みんなのセルフタッチング」中川れい子

の二冊をおすすめします。

 

まとめると、

・自分で自分にふれることで、自己肯定感が得られます。

・セラピストにふれてもらうことで、疲れや痛みが緩和します。

・近しい人にふれることで、お互いの絆が深まり、癒されます。

 

これらが「いたわりの普及」「笑顔のひろがり」「やさしさの循環」という、気楽に屋の3つのコンセプトにつながります。

 

他者へのタッチングは、セクハラや衛生面など、留意する点もあります。効果も人それぞれで、万能ではありません。しかし、自己肯定感が上がり、疲れや痛みが緩和し、人との絆が深まれば、それはより良い生活、より良く生きることにつながると、私は考えています。また、自分でも実感しています。

 

「自分自身にいたわりを 大切なひとにやさしさを」少し休みを入れれば、またがんばれる。そう、大丈夫。良くなる方法は、もう分かっているから。

 

手当て整体 気楽に屋(KIRAKUNIYA)

 

2023-08-15 15:08:00

いい、ね

前回は映画「フル・モンティ」について書いた。「ギルバート・グレイプ」や「ブロンクス物語」「スティング」など、好きな映画は沢山あるが、元気になりたいときは、やはりコメディがいい。目の前の現実が深刻でつらいときでも、ちょっと笑いを入れられれば、気楽になれることがある。すべてを笑い飛ばせはしない。笑ったところで解決はしない。でも、そのまま悩みに飲まれて転がって行くところを、少しの間止めてくれる。

 

人前でスッポンポンになるのは勇気がいる。と書いた。それはこうやって文を書いてネットに載せるのと、似ているのかもしれない。見せれば必ず評価される。評判が聞こえる。それが「いいね」だけではないとき、自分は落ち込まないでいられるだろうか。気楽に屋をはじめるとき「サン仲村」と言う名前にしたのも、逃げを作っておきたかったからだと思う。

 

ところで、フル・モンティの続編について、主演のロバート・カーライルのインタビューを読んだ。その中で、イギリスの緊縮財政によってみんなの生活がきつかった、という恨み節を述べていた。役者が政治批判をするのは、自身にとってメリットはないだろうに、やっぱりかっこいい。あと、やっぱり緊縮財政はろくなもんじゃない。

 

コメディは、世の中、体制、政治、に抗う要素がある。役者や監督は笑える作品を作りたいのと同時に、世の理不尽さに物申したり、つらい思いをしている人たちを応援したいのだと思う。つまり、ロックミュージックと相性がいいのだ。

 

何とか学も、生きていくためには大切だ。そして、コメディやロックも必要だ。全部が勉強だし、全部が表現だ。人や社会に嫌気が差して引きこもっていた、大学時代の私。それでも、本や音楽や映画を吸収していたのは、生き抜く術を探っていたのかもしれない。人や社会が嫌いなのではないと、ようやく分かった。

 

誰かを気楽に笑わせるために、なくならない理不尽にやられないように、それら作品はあるのだ。これからも、おもしろいいとか、かっこいいとか、そんな「いい」と思える色々を受け取りたい。そして自分でも、わけのわからないい文を書いていきたい。

 

手当て整体 気楽に屋(KIRAKUNIYA)